『MOTHER』の思い出

今日7月27日はMOTHERシリーズの1作目『MOTHER』が発売されて30周年だそうですね。

30周年…MOTHERシリーズもすっかり歴史の長いゲームになったのだなぁと思うと感慨深いです。2006年にシリーズ3作目となる『MOTHER3』以降新作は出ていないものの、近年でもWiiUのバーチャルコンソールで配信されたり、キャラクターや音楽などの要素が『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズに取り入れられたりしています。また、前回ネタにした『UNDERTALE』の作風もこのシリーズから影響を受けていたりと現在でも愛されている作品だと思います。

というわけで、今回はMOTHERシリーズ1作目『MOTHER』の思い出を語ろうかと思います。

その前に私のMOTHERシリーズ遍歴をさくっとまとめると、初めて遊んだのはシリーズ2作目『MOTHER2』でした。父が遊んでいるのを見て興味を持ちました。その後に1作目を遊び、長い年月の後発売された3作目をプレイしました。

初めて『MOTHER』に触れた当時は小学生。当時は父が『MOTHER2』をプレイしているのを見ているのが楽しみでした。そんな中、父の部屋で『MOTHER2』のパッケージに似た赤い箱のゲームソフトとファミコンを発見。RFスイッチ(ゲームとテレビのアンテナを差し込む部分に接続するケーブル)の取り付けに苦労したのちに起動したゲームは『2』の主人公と似た姿のキャラクターが出てくるゲームでした。当時はMOTHERがシリーズものだということ、『1』が存在することを知らなかった私はファミコンでも『MOTHER2』が遊べるんだと勘違いしたまま遊んでいました。しかし、敵キャラクターのデザインが『2』に比べてなんだか怖かったりで序盤でギブアップ。ちゃんと『1』をプレイしたのは中学生になってからでした。

『2』と比べるとシリアス寄りな世界観で敵キャラクターもおどろおどろしいのが多かったりするのだけど、糸井重里氏が紡ぐあたたかみのある言葉の数々。わりと明るい性格のキャラクターたちや時折挟まれる他ゲームのパロディ的なものからは笑いと勇気をもらいました。

RFスイッチの接続の悪さとも闘いながらなんとかエンディングまでこぎつけましたが、正直エンディングでは『2』をプレイした後でもあったせいか「え?これで終わりなの?」となんとももやもやした気持ちになりました。だけど、美しいメロディがなんだか感動を誘ってくるのです。ラストダンジョンを自作マップを作って攻略した苦労が報われたのも感動的な雰囲気につながっていたのだと思います。

後から知った話ですが、FC版のラストがあのようになってしまったのはカセットROMの容量の都合のためだったようです。その後のGBAで発売された『MOTHER1+2』では『1』のゲーム性の向上に加えてエンディングが追加され、キャラクターたちのその後が語られて良かったです。

このゲームでハロウィンやイースターなどの海外のお祭りを知ったり、オマージュ元のひとつである『スタンドバイミー』の原作を読んだり。他にも思い出がいっぱいです。

ゲーム本編以外のコンテンツも魅力的で、サントラを初めて聴いたときはヴォーカル付きのものもあったりで驚きました。

公式ガイドブックも旅行のガイドブックのような仕様になっており、ただのゲーム攻略本としてではなく、そのゲームの世界観に入り込んだような気分になれるのがおもしろいです。糸井氏の人脈なのか、昨今のゲーム界隈でその名を聞くのは珍しいような意外な著名人が多くコラム等を寄稿しているのも印象深いです。

小説もあったりで意外と幅広くメディア展開されているのも驚きでした。

以上『MOTHER』の思い出語りでした。他のナンバリングのお話もまたいつか。